もう、5年位前のことになるでしょうか。 その時、私は祖母の家に泊まっていて、近所を散歩していました。そのう ちに、ある異様な店にでくわしました。 たいして広くはない店の中に、いくつもの檻がびっしりと、何段重ねにも 積まれておいてありました。 それぞれの檻の中には犬がいました。 かなり大きな犬もいて、そんな小さな檻じゃ体の向きをかえることすら出 来ないかもしれません。 それは多分、ペットショップというよりも血統書つき犬を専門に売る店で はなかったかと思います。 どうみても、まともに世話をしているようには見えませんでした。間違っ ても、散歩に連れて行ってはいないでしょう。 あまりの、ひどさに呆然と見ていたら店からおばはんが出てきて「何か? (用か?)」と聞きました。 そのおばはんは、それはそれは恐ろしい顔をしておりました。あれに、く らべりゃサッチーなんて、ものの数ではありません。 それはどうみても幸せな人間の顔ではありませんでした。 動物を不幸にすると、人間も不幸になっていくんじゃないかと私は思って います。 ************** 筒井康隆の『私説博物誌』(新潮文庫/現在は絶版)という本に玉置半右 衛門という男の話が出てきます。 明治の初期、伊豆七島の北鳥島には数十万匹のアホウドリがいましたが羽 毛採集業者だった玉置半右衛門はこのアホウドリの羽毛に目をつけ、それ だけの数のアホウドリを絶滅寸前にまでおいやりました。 アホウドリは急に飛ぶことができないので撲殺するのは簡単だったのです。 玉置半右衛門は一年に十万羽を殺したと言われています。一日平均にすれ ば300羽近くになります。彼はどんな顔をしていたのでしょうか。 北鳥島では、明治35年に大噴火があり、その時、島に住んでいた125人 全員が命を落としたそうです。 ----------------------------------- 以前、ここに玉置半右衛門がこの噴火で命を落としたと書いてましたが、 それは誤りでした。申し訳ありません。 北鳥島で富を築いた、玉置半右衛門はその後、大東島の開拓をしたそう です。やれやれ。(2003/05/26) ----------------------------------- ************** 掲示板の方に屠殺場のことを教えてくれた2通の投稿がありました。 私がどれだけ多くの言葉を費やしてあれこれ言うよりも、あの2通の投稿 の方が多くを物語っている気がしてなりません。それは事実の持つ重みな のかもしれません。 無理やり引っぱっていかれ、涙を浮かべ、悲鳴をあげて殺されていく動物 はもちろん、かわいそうです。 でも、それと同時に殺す方の人達も本当に気の毒に思いました。 動物を殺すことが好きな人なんていません。(もし、いたらそれはそれで 不幸な人だと思いますが) 殺すという行為は殺す側も傷つけ損ねていくのではないでしょうか。 肉を食べるということは動物を犠牲にすると同時に屠殺場で働く人も犠牲 にして成り立っているんでは、ないでしょうか。 そういう構造はやはり、間違っているとしか私には思えません。 **************** この文章はここで終わった方がいいのかもしれません。 以下は蛇足かもしれませんが。。。 屠殺場の実情と米や野菜や果物の収穫を比べるとこれはやはり、ずいぶん とかけ離れているのではないでしょうか。 農家の人は収穫することで傷ついたりはしません。 豊作の年ならおじさんの口元も自然とほころんでくるというものです。 私達もにこにこと、それを見ていられる。テレビにもうつせるし、子供に 見せても全然問題はない。 植物も動物も生きているんだから一緒だという意見は繰り返し、繰り返し 出てきますが現場の実情としてみれば、やはり随分と違うんじゃないでし ょうか。 仮に百歩譲って、人間だけの心配をするとしても随分、違いがあるんじゃ ないですか。
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